【イスラエル選挙】戦争で息子を亡くした注目政治家 中東系ユダヤ人初の首相は誕生するのか

「一寸先は闇」。イスラエルの選挙を例えるなら、この一言に尽きます。ガザ、レバノン、イランへと続いた3年近い戦争の果てに、イスラエル社会はネタニヤフ政権の継続に審判を下します。最大の対立候補は、息子と甥を戦地で失いながら国家への献身を貫く、ミズラヒ系の元軍参謀総長ガディ・アイゼンコット氏。イスラエルにどのような未来を描くのか分析します。
曽我太一 2026.07.18
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イスラエルにとうとう選挙の季節がやってきました。イスラエルの議会クネセトが今月17日に解散し、10月27日に総選挙が行われることになりました。イスラエルではよく「ユダヤ人が2人集まれば、三つの政党ができる」と言われるほど議論が大好きで、イスラエルでは生活のあらゆる場面で政治を避けることはできません。夕食を食べていても、友達とお茶をしていても、サッカーをしていても、全てが政治につながります。イスラエル人に夕食の場に呼ばれ「今日はノーポリティクスね」と言われても、結局は政治の話になります。

史上最も注目の選挙

今回の選挙はイスラエル史上、最も世界的に注目される選挙となるでしょう。詳細は省きますが、2023年10月のイスラム組織ハマスによるイスラエルへの大規模攻撃以降、イスラエルは止まることを知らず、ガザ地区、レバノン、イエメン、シリア、そしてイランへの軍事作戦を実施し、中東の紛争の中心的存在でした。

イスラエルはガザ地区への攻撃により、国際司法裁判所(ICJ)ではジェノサイド条約違反の疑いで審議にかけられ、ネタニヤフ首相らイスラエル政府の幹部には国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が発行されました。アメリカのバンス副大統領も、ラーム・エマニュエル元駐日アメリカ大使も指摘したように、イスラエルは外交的に孤立が深まりましたが、その渦中にいたのは、イスラエル政府を率い続けてきたベンヤミン・ネタニヤフ首相です。

イスラエル空軍の式典に出席したベンヤミン・ネタニヤフ首相(写真 Ma’ayan Toaf (GPO))

イスラエル空軍の式典に出席したベンヤミン・ネタニヤフ首相(写真 Ma’ayan Toaf (GPO))

注目の選挙ですが、近年の選挙と同様に、最大の焦点は「ネタニヤフ政権の継続か否か」、この一点に尽きます。ネタニヤフ政権の継続は、イスラエル社会のさらなる分断だけでなく、中東情勢、さらには国際情勢にも大きく影響することになり、かつてないほどに重要な選挙になるでしょう。

なお、イスラエルのこれまでの選挙にまつわる経緯等については、以下の記事に詳しく説明してありますので、よければご覧ください。

ミズラヒ系の元軍参謀総長

では、もしネタニヤフ首相が退陣することになるなら、他にはどのような候補がいるのか。今最も注目されているのが、中道政党Yashar!(ヤシャル)を率いるガディ・アイゼンコット氏です。

ガディ・アイゼンコット氏(写真: Tel Aviv University)

ガディ・アイゼンコット氏(写真: Tel Aviv University)

「アイゼンコット」という名前を聞けば、アイゼンはドイツ語で「鉄」を意味することなどから、イスラエルのエリート界の多くを代表する東ヨーロッパ出身のユダヤ人「アシュケナジ系」と思う人も多いかもしれません。実は私もその一人でした。しかし、アイゼンコット氏は実は、モロッコにルーツを持つ、中東系ユダヤ人「ミズラヒ系」なのです

イスラエル社会は、「エスノクラシー(ethnocracy)」と呼ばれる政治・社会体制の典型例です。エスノクラシーとは、特定の民族集団が国家機構・軍・経済の上層部を支配し、他の民族・宗教的マイノリティとの間に非公式の社会階層が存在することを意味します。イスラエルでは建国以来、アシュケナジ系がこの支配的地位を占めてきました。建国以降に首相を務めた14人全員がアシュケナジ系で、ミズラヒ系は1人もいません。それは政治の世界に限りません。現在は改善されていますが、ミズラヒ系は軍内でもエリート部隊などに配属されることは稀で、ブルーカラーの業務などに就くことが一般的でした。

アイゼンコット氏は、こうしたエスノクラティックな社会の中、軍で着実にキャリアを築いてきました。高校卒業後に軍に入隊し、エリート歩兵部隊「ゴラニ部隊」に配属されました。順調に軍の中で足場を築き、2015年には軍のトップである参謀総長に就任し、2019年までその職務を務めました。ちょうどイランとの核合意やシリア内戦、ハマス・ヒズボラの脅威増大など、イスラエルの安全保障環境が大きく揺れ動いた時期と重なります。イスラエルはよく「軍社会」と表現され、軍でのカルチャーが生活の場にまで及び、職業軍人となれば、基本的には尊敬の対象です。軍参謀総長となれば、まさにイスラエルの国家安全保障の旗手であり、政治とは切り離して、国民全体から大きな信頼を集める存在なのです。ハマスとの軍事衝突では、国民による政治家に対する評価はまちまちでしたが、参謀総長は高い評価を得ていました。

イスラエルの街中に掲げられた「ゴラニ部隊」の部隊旗(筆者撮影)

イスラエルの街中に掲げられた「ゴラニ部隊」の部隊旗(筆者撮影)

イスラエル国内でアイゼンコット氏については、優秀な軍人であるとか、戦略家だという高評価を耳にしました。現地メディアでは以下のように評されています。

アイゼンコット氏の軍事ドクトリンはイスラエル軍が「戦間期作戦(Campaign Between Wars)」と呼んだもので定義されていた。これは敵の先制的で小規模な作戦群を通じて戦争を遅延させ敵を抑止することを目的とした安全保障アプローチである。この戦略の最も顕著な例は、2018年の作戦で、ヒズボラがレバノンからイスラエル領内に掘削した越境トンネルの破壊に焦点が当てられ、ヒズボラを直接攻撃するのではなく、インフラ・キャパシティの無力化を優先したものだった。

ミズラヒ系でありながら、軍参謀総長まで務めたという特殊なバックグラウンドは、政治的にも大きな意味を持ち始めています。ミズラヒ系有権者の多くは、ネタニヤフ氏が率いる強硬右派リクードの伝統的な支持基盤とされてきましたが、ハマス攻撃とその後も続く戦争でイスラエル社会の疲弊感が強まる中、皮肉にもそのリクード票の受け皿としてアイゼンコット氏が浮上しているという見方が広がっています。

息子を亡くした父として イスラエルの「美徳」

アイゼンコット氏を語る上で避けられないのが、息子の死です。

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続きは、2708文字あります。
  • イランには「核兵器を持たせず」
  • イスラエル選挙 一寸先は闇

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